魔法と旅と幸せと、(試し読み)

【京都芸術大学 文芸表現学科2021年度 卒業制作作品】

「幸せになりたい」と言った姉は、突然失踪した。

 それから数年が経ち、主人公は何故か不思議な出来事を体験するようになる。

 姉が言っていた『幸せになれる場所』への招待状をひょんな事から手にした主人公は、そこで本当の幸せを探す。

文庫版 96頁

(試し読み用)


 姉は言っていた。幸せになりたいと。

 自分のことを進んで話すような人ではなかったから詳しいことは家族だろうと知らなかったけれど、顔に暗い影を落とすことも少なくなく学校で何か嫌なことがあるんだろうと察してはいた。だから姉が幸せになりたいと言ったときに驚きはしなかったし、人並みに姉のことは大切なので、むしろ幸せになって欲しいと思った。

 そんな姉が、ある日こんなことを言ったのだ。

「何処にあるかは分からないし、詳しい行き方すら分かんない、けれど確かに誰もが幸せに暮らせる場所があるんだって」

 姉が今までに見たことのないくらい良い笑顔をしてそう言ったことを、鮮明に覚えている。

「あぁ、でも、願う人には綺麗な宝石と招待状が届くなんて噂もあったっけ」

「ふーん」

 素っ気ない返事を返す。

「魔法がある世界とも聞いた事があるけれど、本当かな?」

「嘘だろ、魔法なんて。そもそも、そんな都市伝説のような話を信じられるかよ」

 当時まだ中学生で若干捻くれていた自分はそう言い返した気がする。

「信じられるかどうか、じゃなくて信じたいんだよ」

 そのときの苦しさを噛み殺した姉の笑顔が、今となっても自分の中から消えることはなかった。

 あの会話から数日後、自分の勉強机に姉の直筆と思われるメモ書きだけを残し、姉は居なくなった。突然のことだった。

 置かれた手紙には「幸せになりたい」とだけ書いてあった。

 両親は酷く悲しんだのち警察に行方不明者届を出したが、肝心の動機が不明瞭で何処に行ったのか推測が出来ず捜索は難航している。そして、悲しみに浸り続けることは許されないと言わんばかりに、学年が上がった自分は受験生になり、吹っ切れるとか立ち直ることもできず受験勉強に追われて家族が姉の話をすることは必然と減っていき、遂にはなくなった。

 今、姉がどうしているのかも分からない。最悪もうこの世にはいない可能性だって、嫌だけれどあるわけで。何回か警察に尋ねたりもしているけれど、結局以前と変わらないまま。

「目撃証言を得られない」

 その一言で済まされてしまうほどだった。

 でも、自分はそれでも諦めたくないと思っていた。


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