いちごみるくはコーヒーと夢をみる

#百合


 教室の窓辺にもたれかかるようにして、カーテンの裏から外を眺める。

 涙を流して、別れを惜しむ声。大切な人に思いを伝える声。思い出を離さないように、写真に閉じ込める音。旅立ちを祝福する拍手の音。

 それは満開の桜色に包まれて、流れゆく時の早さを私たちに感じさせていた。

「はい、いつもの」

 頬に当たるひんやりとした冷たい感触で、ぼーっとしていたことに気が付いた。私が思い出に浸っているうちに、いつの間にか彼女は帰って来たようだ。

「にこちゃん、おかえり」

 振り返ってそう言うと、彼女はいつも通りの照れくさそうな笑みで

「ただいま」と言った。

 そして笑った彼女は、いちごみるくと書かれた桜色のパックを私に手渡す。そんな彼女の手にもいつものコーヒー牛乳のパックが握られていて、いつも通りの光景に幸せな気持ちが溢れる。

「どうしたの、そんなににこにこして」

「だって、にこちゃんとこうやってお話しするの大好きなんだもん」

「私も好きだよ」

 手持ち無沙汰でずっと握りしめていた花束を側の机に置いて、彼女の手をそっと握る。

「苺、甘えたちゃん?」

「ん? なんのこと?」

 なんて惚けつつも、この幸せを噛み締めていた。

 賑やかな教室から布一枚隔てただけの、このカーテンの裏。こうやって二人きりで話し合うのも、もうしばらく出来ないだろうから。

「お別れ寂しいね」

 この街から離れこそしないが、進路はバラバラ。もしかしたらあまり会えなくなるかもと思うと、ポロリと言葉が零れ落ちた。


「え? 私たちお別れ、するんだっけ」

「え、あ……しなかった……?」

 そうか、私の勘違いだったのか。安堵した私に彼女は、微笑みながら

「学校が違っても、絶対に会うでしょ」

 なんて言う。私にしか見せないその笑顔に弱くて、本当に大好きだった。

「うう……会うよ、絶対。毎日会いたい」

「毎日は流石に無理でしょ」

「ええ……LINEは毎日する」

「そうだね、毎日しようね」

「クソ重彼女みたいなの送る」

「それはやめて」

 いつものやりとりに思わず一緒に吹き出した。

 それから彼女は、聞いて欲しい夢があるんだと言った。

「これからさ、専門学校でいっぱい勉強するじゃん?」

「うん、」

「一緒に曲作りたいなって、思ってる」

 ギターの技術向上や、作曲のことを学ぶ彼女と文章を学ぶ私。いつか一緒に曲を作れたらいいな、なんて密かに思っていたがまさか彼女からそう言われるとは思っていなかった。思わず間抜けな顔で間抜けな声を晒してしまう。

「え、わ、私も同じこと思ってた……!」

「本当? 嬉しい」

 作るのならどういうものがいいかな、なんて聞いてみる。

「うーん、私は結構ロックの方が好きだけど……苺は可愛い恋愛系の方が好きだよね」

「確かに、聞くのは恋愛系の方が多いかも」

 でも……と言い淀む私。けれど彼女はさらりと言う。

「ああ、でも苺って恋愛系よりダークめの方が書くの得意だっけ」

「あれ、知ってたっけ」

 見せた覚えはないけれど、彼女に言い当てられ少し驚いた。

「ごめん、この前家に行った時こっそり見ちゃった」

「ちょ、まっ……あの時! なんか慌ててると思ったら!」

「ごめんごめん、でもすごく良かった。私あの雰囲気で歌いたいな」

 そう言って、彼女はまたあの笑顔を私に向ける。

「……その顔に弱いの分かっててやってるでしょ」

「何のこと?」

 無意識なのか、わざとなのか……どちらにしろずるい人。本当に大好きだ。

「いつか一緒に住みたいね」

「うん、そしたらにこちゃんのご飯毎日食べれるね」

「苺も一緒に作るんだよ」

「わかった、クリーチャーみたいになったらごめん」

「ちゃんと食べるならいいよ」

「ええ……」

 彼女は笑う。

「でも楽しそうだね」

 私は心からそう思った。

「でしょ、そのあとは結婚だよ」

「結婚か〜、二人ともドレスじゃん」

「可愛くていいでしょ」

 それから、すっかり緩くなったいちごみるくとコーヒー牛乳を合わせて乾杯をした。

「これからの未来に、ね」

「幸せな未来に、」


 祝福するかのように、風に合わせて舞い上がる桜の花びらが私たちを包んだ。

 これからの未来も、笑顔で過ごせますように。

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